KNIGHT ROAD EP:Tritone 閑話:スメルズ・ライク・ティーン・スピリット

101/10/14 本部医療棟302号室監視記録映像


<抜粋開始>

病室の入り口から入って右奥のベッドに少年は居る。半身を起こした状態で本を読んでいる。装丁は古めかしく、小説の類ではないらしい。ページをめくるその早さは、少年がカメラアイの持ち主であることをうかがわせる。

横の机には様々な見舞いの品が置いてある。来客の数は少なくないらしい。

 

病室のドアがためらいがちにゆっくりと開く。迷うかのようにドアが完全に開き切るまでに1、2度停止して───、女が顔を覗かせる。

この女の来訪は彼にとっては予想外であったようで、少年は目を丸くして本を閉じる。

 

「君が来るなんて意外だなぁ。てっきり僕のことは避けてるのかと思ってた。」

「あぁ、いえ……」

「来てくれて嬉しいよ」

 

女はおずおずと少年のベッドに歩き寄り、横の机に持っていたバスケットを置いてから椅子に腰を下ろす。

 

「サンドイッチ?丁度小腹が空いてたんだ。頂いても?」

「どうぞ」

 

少年は読んでいた本を横に置き、女の持ってきたバスケットを膝下に持ってくる。他の見舞い品───果物や菓子には手は付けられていない。

 

「手作りだ───。、トマトが入ってる」

「……」

「サンドイッチは……トマトが入ってるだけでグレードがワンランクアップしたみたいなお得な気分になるんだよな〜〜〜。───うん、ン、うン。

───おいしい

「それはよかった」

 

女の表情はカメラの角度からはうかがい知れない。

 

「その本は」

「これぇ?シリウスさんに借りたんだぁ。星の魔術の本」

「病床でも勉強ですか。今ぐらい、素直に休んでもいいのではないですか?」

「いやぁ、好きでやってるからね〜〜〜。───ンむ、ムグ───ウん。おもしろいよ、魔術の勉強は。シリウスさんの魔法は見たことある?」

「えぇ」

「綺麗だよねぇ、あの人が魔術を発動するたびに───、星がキラキラきらめいてさぁ……」

 

空の星を掴むように、少年は空に手をかざす。

実際に手の先にあるのは病室の蛍光灯だ。

 

シリウスさんは、星の魔術を───、隕石を降らせたり重力を操作するのに使ってる。でも僕はちょっと違う使い方を考えてるんだ。

───宇宙への入口(ポータル)を開きたい

「ポータル?」

「そう、ポータル!」

 

少年は指を鳴らした。

 

絶対零度の宇宙空間へのポータルを開いて───、冷気で相手を攻撃する。或いは、そのまま宇宙にサヨナラ……ってのもいい。まだ思い付きでしかないけど、いつか完成したらシリウスさんに見てもらいたいなぁ!」

「なるほど……」

「あー、ごめん!ちょっとオタクっぽい語り口になっちゃった───。マぐ───、ンん、僕だけべらべら喋っててなんか恥ずかしいな」

「いいんです、ただ───、1つ話したいことが……この前の任務のことで」

「あー、この前の───。ウン───、そうだお礼を言い忘れてた。"そっち"が敵部隊を陽動してくれなかったら危なかった」

「ええ、まさにそのことなのですが───。随分……大きな傷を負ったじゃあないですか。貴方……」

「ン、ほんのかすり傷程度だ」

「Ⅱ度熱傷、下腿解放骨折、外傷性気胸───生きているのが不思議な程だと医者が言っていました」

わぁ、ははっ、そうやって聞いてみると……我ながらすごいなぁ。んー、でも生きてるよ。ほら!このとーり」

「次の任務で死にますよ」

「かもね」

 

少年は指に付いたソースを舌で舐める。

 

「でもさ、騎士ってそういうもんじゃあないかな。僕たちは───、婦女子や虐げれる弱者、傷付いた者を守る為に命を捨てる誓いを立ててる。『騎士は───、端から生きようなどとは考えないし、考えちゃいけない』わからないとは言わせない

「それは……ッ、わかります、わかりますが………」

 

言葉を詰まらせる女を尻目に、少年は2つ目のサンドイッチに手を伸ばす。

 

「卵サンドイッチ───、地味だが侮れないんだよな〜〜〜コイツは。ランチパックも卵が1番うまい……」

「エクス君───」

「そうだ、この前ヒートちゃんと手合わせしたんだ。彼女、すごいよねぇ。時間を見つけたらずうっと訓練所に通ってる。強くなることにひたむきで、正義感も熱い。皆にも優しいしね。ああいう子は好きだなあ。……いや、好きって"そういう意味"じゃないよ。───ムぐ、もグ……」

「わかりますよ。わたくしも、あの子の人柄には惹かれます」

「でも、騎士じゃない。あーいうの、なんだろうなぁ───『英雄』、かな。そう、英雄って感じだよ。うん。ああいう子は、死なせちゃダメだよ?」

「わかっています……。───」

「うん?」

「最近クアットロさんにあなたの噂をよく聞きます」

「どんな噂?───モぐ───」

「自身の身をかえりみない行動が多すぎると」

「ははっ……、まぁ」

「笑いごとじゃあないんですよ。ライリー君が、酷く落ち込んでいます」

「ライリーが?なんで」

「貴方……あの任務でライリー君に何をしましたか」

「いやー、別に……」

 

少年はバツの悪そうな表情をして目を逸らす。

 

馬にくくりつけて1人で撤退させたんですよね?敵の急襲部隊が迫る中……ッ」

「……仕方なかったんだ。急に背後から襲われたもんだから、他のメンバーとは上手く分断されてしまって───、あの時一緒に居たのはライリーだけだった」

「一緒に戦えばいいでしょう」

「───ライリーは戦える状態じゃなかった」

「負傷でもしていたのですか?」

「負傷は2人ともしてた。けどそれは問題じゃない。傷は治癒魔法で治せる───。ムグ……ウん。ライリー、あの人───、人殺したことないだろ

「どうでしょう」

「ないよ、見たらわかる。人を殴ったことはある。殴られたことも。……でもトドメを刺したことはない。そして、『ホンキ』死にそーってなったことも、多分そうはない───。マぐ……ウん」

 

2つ目のサンドイッチを食べ終わった少年は息をつく。

 

「プフ〜〜〜……。ライリーは……心が折れてた。土手っ腹に喰らったのがよくなかったんだろうな……。あの状態で闘ったら確実にやられる───。ライリーは……死なせるには惜しい人だよね」

「だから貴方1人で敵に突っ込んだと?貴方は死んでもいいんですか……!?

いいよ、別に───。大体人のこと言えないだろ、君も。ウォルターさんを庇って1、2週間お休みしてたのは……誰だったっけ?」

「それとこれとは話が───」

 

───こうして2人が言い争いできるのも、病室にいる患者が少年1人だけだからだ。他に患者が居たらナースコールを押されていただろう。

少年はバスケットに目を落とす。

 

「最後のはピーナッツサンドか……。もう腹八分目だから、これは後で食べるよ」

 

そうしてバスケットを机に置いた彼は、しかしまだ15の成長期真っ盛りの少年だ。サンドイッチ2枚で腹八分目は相当に胃の許容量が少ない。

実際、布団から覗くその二肢は筋肉こそ付いてはいるが、同年代の同僚と比べ明らかに白く細い。

 

「ふぅ〜〜〜、"昔っから"そうだけどさあ。自分はあれこれ仕事を任されるくせに、他人の心配も人一倍……、人二倍する。なんでもかんでも背負い込むと潰れちゃうよ。もう少し他人を信じたほうがいいよ───。そんなに頼りないかなぁ僕」

「そういう訳ではありませんが……。ただ、わたくしは貴方にもっと自分の命を大事に───」

そうそう!テルモちゃんにお礼言っておいてほしいなぁ。ヘリの中で、傷口を炎で焼いて応急処置してくれたんでしょ?僕はあまり『覚えてない』んだけど───」

「……エクス君」

「フィリアスさん?」

エクス君!」

「な、なに?」

 

女の表情はカメラからは見えないが、張り上げたその声色には怒りというよりは悲痛なニュアンスが含まれている。

 

「な、なんだよう」

「貴方……わたくし達が助けに来た時……なんて言ったか覚えてますか?」

「な、なんて言ったかな……」

『大丈夫』って言ったんですよ貴方、心配して駆け寄ったシオンさんに対して『大丈夫、大丈夫』と……」

「あーー、言いそ〜〜〜〜〜〜

「………ッ、それでなんとか敵を退けて……そしてボロボロになった貴方を心配する皆に、なんて言ったか覚えてますか?

「………えーーっとォ」

『大丈夫』って言ったんですよ。真っ青な顔して謝り倒すライリー君に対して『大丈夫』と……!大丈夫じゃないのに……ッ」

「あの時は大丈夫だと思ったんだよ〜〜〜」

なるほど?それで……ヘリの中で貴方の元気がないことに気づいたダンツ君になんて言ったか。───覚えてます??」

「お、覚えてない……」

『眠くなってきたから寝てもいいかな』って言ったんですよ貴方!!」

「あぁ、言ったァ……」

「貴方……!普段戦闘時にキショク悪い鉄の『仮面』被ってますよね……!?」

「キショク悪くはないッ!」

「あの時貴方はライリー君の肩を借りて"寝て"いました……。えぇ、『仮面』被ってたから皆最初は気付かなかったですよ…….!ウォルターさんが何かおかしいと勘付くまではね………!仮面を剥いで『ブルーチーズ』みたいに真っ青な貴方の顔を見たライリー君がどんな顔したかわかりますか!?自分の肩を借りて寝ている戦友が!現在進行形で死体に変わりつつあることを知ったライリーの心境を!

一生癒えないトラウマを植え付けるつもりですか!!?」

 

一息にまくし立てた女は、いつのまにか上げていた腰を椅子に落ち着ける。 

 

「ハァ……ハァ………、貴方───、普段はいいだけ人に甘えといて……どうして肝心な時に何も言わないんですか……?本当に死んでしまいますよ───」

「………」

「貴方まで死なせる訳にはいかないんです───」

「…………」

「貴方には……未練というものはないんですか……?」

「………………ない」

「本当に何もないんですか……?ナイツロードに来て友人だってできたでしょうに───」

 

ここに来て少年は、初めて怒りのような感情を表情に込める。

 

「………ッ。未練なら!95年に『死んだ』よ……!君が僕の『兄さん』を見捨てて逃げたあの日だ!僕はもう大切な人に先立たれるのは嫌だし……!君が誰かを庇って死にかけるみたいなことするなら……僕が先に"そうする"しかないじゃあないか!君が死ぬより先にさっさと死なせてくれれば、僕はそれで満足なんだ!!

 

感情的にわめく少年は、そこで女の顔を見て何かに気付く。

 

「───あっ………。ごめん………、今のは……意地悪な言い方だった………。ごめんなさい───」

「………いえ、いいんです……ごめんなさい、こちらこそ……無神経なことを言って───」

 

打ちのめされたように、女は"やおらに"立ち上がった。

 

「………そろそろ行きます……。しっかり養生してくださいね」

「あ、あぁ……」

 

病室のドアに向かう女の顔は悲愴に満ち溢れている

 

「フィ、フィリアスさん」

「はい?」

「あの、サンドイッチ……美味しかった。───ありがとう」

「───どういたしまして」

 

女が病室を去り、1人になった少年は手で顔を覆う。

<抜粋終了>